都市の脈動に耳を澄ませるきみも一つの筋肉になって収縮している


大都会の孤独にはもうべとべとに手垢がついて、スクランブルも摩天楼もなんだかしゃらくさい。ジーパンとイヤホンがあれば満員電車も死にやしないのは自明の理、改札のキスはぜんぜんロマンチックじゃないし、やつれた自分に酔っちゃうマゾヒズムだけはほんのちょっとエモいかもしれない

ヒルズと都庁の眺めの違いなんて分からない、そのくせあなたはレンズ選びにすごく時間をかける。あらゆるシナリオの期待値をとったら正、それでもガラスのなかの指環なんかを睨みつつ、光が足りないと独り言ちてみたり(白夜の東京に稲妻が落ちる絢爛、あれを見下ろしたこともないくせに)

(街並みの主導権をうばわなければ獲物は地下鉄に吸い込まれてしまうのだ)物覚えのわるい少女は腹いせにスミノフを買って、坂だらけの街の映画館を片っ端から訪ねて(映画館の布置であればお手の物)、ふてくされてチケットを何枚も無駄にする。ごろごろと夜を転げ落ちてゆく空き瓶

ビタミンカラーが足りない車両がくらくら揺れている。背中に密着した誰かは吸血鬼で、だから体を預けるほど気が遠くなるのだろう。誰ひとりとして〈あなた〉と呼べない白い顔。わずかな隙間に黒いコウモリがぶら下がって、逆さまに目が合うと笑う。自家撞着ぎみの絡まる路線図

全身の爛れた皮膚を掻きむしっていたあなたを何度も何度も夢に見る、〈あなた・皮膚・爛れ〉が互いに同一性を逃れようと試みる孤独な自己破壊。どうかやめてと叫んでみたけど、一体誰に? 爪が爪を剥がし皮膚が皮膚を剥く、起死回生を繰り返しては毎日変らぬ明日が来る

すれ違った旅人とタルトを食べた夜、わたしは個人的な手紙の入った小瓶を無限小の海に投げてみたりする(今まさにこうしているように)。薄いスーツが艶やかでした、だから甘んじて化け物みたいな経済に呑み込まなければならないのかも。目を閉じてあなたに世界の原点を移し、観念的な小旅行をする

都市の脈動に耳を澄ませるきみも一つの筋肉になって収縮している、いくら憎めどありきたりの共犯者。どく、どく、どく、赤信号とブレーキランプが背反的に循環してそこらじゅうに食べものを満たす、きみはピッと音を鳴らして改札をくぐり、緑茶を買って喉をうるおし、どく、どく、どく



2017初夏