sketches

兵隊みたいにザクザクと街を踏み鳴らすことは決して能わない

なにかを奪い取るために散歩をする、望ましいものを幻視するため、街を別けるようにせわしく歩く。 ――毎週のように姿を変えるホグワーツみたいな駅舎(小田急線の地下化が永久に終わらない安全安心のラビリンス)、その南口を出て商店街を下ると、マック、ゲ…

都市の脈動に耳を澄ませるきみも一つの筋肉になって収縮している

大都会の孤独にはもうべとべとに手垢がついて、スクランブルも摩天楼もなんだかしゃらくさい。ジーパンとイヤホンがあれば満員電車も死にやしないのは自明の理、改札のキスはぜんぜんロマンチックじゃないし、やつれた自分に酔っちゃうマゾヒズムだけはほん…

光明の絶えた星屑をたどりゆく何者でもない世界線上

今日もまた並行世界の講義室がしずまりかえってざあざあと雨 空色の傘が濡らしたリノリウムに寝転がって見た夢がつめたい 夕立に文字がにじんだ宛て先を訪ねゆく脚のさきから融ける 両足のあいだと緩いワンピースをすり抜ける初夏に恥じらいを脱ぐさみしいと…

かわいいネクロフィリアのきみへ

公然の秘密がたくさんある、たとえば折に触れて何度も何度もしつこく手紙を寄越すあいつのこと。 *前略 これを手にしているきみの嫌そうな顔が目に浮かぶ、ご存知のとおりぼくだってやりたくてこんなことをやってるわけじゃない。けれどもきみは封をあける…

だれかれも長じて見ゆるはまやかしでここは稚児らの夢の跡なり

山奥の宿はうつつを知らぬゆえ君はいくども蘇へるらむ清潔の概念のやうな浴槽で洗ひ清める土くれの脚白日に肌晒しては花の湯で「みだれ髪」など詠めるものかは懐石の春は自然の春なりや桜・たらの芽・筍ご飯着慣れざる羽織か酔ひの盃か名無しの我に名を与ふ…

光を忘れると両脚がぐんと伸びた

1. 光を忘れると両脚がぐんと伸びた。やじろべえのように夜を歩く。裸足が細い道の土を踏み、波紋のように虹色が現れて大地の色を変える。極彩色が仄々と光る。長い脛に光が照りかえる。新たな一歩がまた色を足す。頭は闇に飲まれている。筋の目立つ大きな裸…

読まれない文章は不完全だと主張したい

「言葉が世界を分節するならば、看板と標識の違いについて考えてみなくてはなりません」 あなたが寄越した手紙はこのように始まっていた。無地の便箋に、神経質そうな丸文字がびっしりと書き連ねてあった。 いかなる状況であなたからの手紙を読んでいるのか…

まもなく生まれ落ちる、そして走り去ってゆく

真白の小鹿。青いつたが、からむ。息をしていない。白い体はかたく、うごかない。つたは勢いよく腕をのばし、小鹿をからみとり、うめつくしていく。白がついえて青になる。影がおち、青が藍になる。森にけむが立ち、くすぶり、湿っぽい。黒い虫が羽音をたて…

フライトを逃すわけにはいかなかった

異国の空港のターミナルを私は全力疾走していた。ところが走っても走っても前進しないのだった。今思えば、「動く歩道」を逆向きに走っていたのかもしれないし、或いは預け荷物返却所のベルトコンベヤを逆走していたのかもしれない。或いは突然地球とあらゆ…

チョルトニン/ネクサス/Died in Battle

チョルトニン 透明な日差しが凍れる空気を切り裂いて静かな湖面を光らせる。さざ波のテキスタイルを白黒の水鳥が動的に切断する。湖畔のブロンズ像は指先の肉を凍り付かせて千切り取るだろう――自分の両の手の温度など知るべくもなくポケットの中にしまい込む…