2016-01-01から1年間の記事一覧

灰色の三陸旅行で出会った愉快なひとたちについて

僕を忘れてくれるまで 足の赴くままに山道を歩いているとあっというまに日は傾いて、北国は日が暮れるのが早いな、と呑気に構えていると、いつのまにやらもう終バスの時刻が過ぎているのだった。弱ったなと思った矢先に、やたらとのろのろ走る乗用車が現れた…

読まれない文章は不完全だと主張したい

「言葉が世界を分節するならば、看板と標識の違いについて考えてみなくてはなりません」 あなたが寄越した手紙はこのように始まっていた。無地の便箋に、神経質そうな丸文字がびっしりと書き連ねてあった。 いかなる状況であなたからの手紙を読んでいるのか…

愛すべきカメレオンに捧ぐ

言語や論理の限界を理性の限界と呼ぶつもりはないが、他方で身体にみなぎる理性が何か一貫した啓示を得たとも言い難い。いずれにせよ首尾一貫した所感を文章として記しえないので、断片的な備忘録を残したい。 ヘレン・ケラーに捧げられたあの建物が14の色に…

まもなく生まれ落ちる、そして走り去ってゆく

真白の小鹿。青いつたが、からむ。息をしていない。白い体はかたく、うごかない。つたは勢いよく腕をのばし、小鹿をからみとり、うめつくしていく。白がついえて青になる。影がおち、青が藍になる。森にけむが立ち、くすぶり、湿っぽい。黒い虫が羽音をたて…

フライトを逃すわけにはいかなかった

異国の空港のターミナルを私は全力疾走していた。ところが走っても走っても前進しないのだった。今思えば、「動く歩道」を逆向きに走っていたのかもしれないし、或いは預け荷物返却所のベルトコンベヤを逆走していたのかもしれない。或いは突然地球とあらゆ…

ベレニス/Berenice

エドガー・アラン・ポーによるBerenice (on the Broadway Journal, 1845) を翻訳しました。 * * * ベレニス 我が伴侶ら語りて曰く、最愛の者の墓の訪問は、汝の苦悩を幾らか慰めん、と (*1)――Ebn Zaiat 苦悩なるもの多様にして、大地の不幸は多彩である。開…

奈義にて/常識的で、親切で、話し過ぎず、黙り過ぎない人々

奈義にて 磯崎新に生成りのような産着を着せられたその分身が生まれ落ちた二か月後に私もまた産声を上げた。分身がその中に様々な有機体を放り込んで人間の誕生の実験をしているあいだ、誕生した私は絶望的な天命に満ち満ちた世界に愚かしくも自らの有機体を…

チョルトニン/ネクサス/Died in Battle

チョルトニン 透明な日差しが凍れる空気を切り裂いて静かな湖面を光らせる。さざ波のテキスタイルを白黒の水鳥が動的に切断する。湖畔のブロンズ像は指先の肉を凍り付かせて千切り取るだろう――自分の両の手の温度など知るべくもなくポケットの中にしまい込む…

私は眼球

1. 睫毛や砂粒に傷付けられて音を上げるような意気地無しのつもりは無いが、流石に瞬間接着剤をぶちまけられたら為す術もない。同朋多しと言えども瞬間接着剤に固められた眼球なぞ私のほかに幾つあろうか。私は激痛に耐えながら、懸命に泪を分泌した。分泌し…

崖に寝る

1. 車は山道を走っていた。運転するのは見知らぬ男で、私は助手席に座っていた。旅をしているのである。男は運転席の窓を開けていて、車のスピードに合わせてそこから風が強く吹き込んできていた。助手席側の窓は閉めていたが、私の髪の毛は一貫して激しくは…