兵隊みたいにザクザクと街を踏み鳴らすことは決して能わない

なにかを奪い取るために散歩をする、望ましいものを幻視するため、街を別けるようにせわしく歩く。 ――毎週のように姿を変えるホグワーツみたいな駅舎(小田急線の地下化が永久に終わらない安全安心のラビリンス)、その南口を出て商店街を下ると、マック、ゲ…

都市の脈動に耳を澄ませるきみも一つの筋肉になって収縮している

大都会の孤独にはもうべとべとに手垢がついて、スクランブルも摩天楼もなんだかしゃらくさい。ジーパンとイヤホンがあれば満員電車も死にやしないのは自明の理、改札のキスはぜんぜんロマンチックじゃないし、やつれた自分に酔っちゃうマゾヒズムだけはほん…

光明の絶えた星屑をたどりゆく何者でもない世界線上

今日もまた並行世界の講義室がしずまりかえってざあざあと雨 空色の傘が濡らしたリノリウムに寝転がって見た夢がつめたい 夕立に文字がにじんだ宛て先を訪ねゆく脚のさきから融ける 両足のあいだと緩いワンピースをすり抜ける初夏に恥じらいを脱ぐさみしいと…

かわいいネクロフィリアのきみへ

公然の秘密がたくさんある、たとえば折に触れて何度も何度もしつこく手紙を寄越すあいつのこと。 *前略 これを手にしているきみの嫌そうな顔が目に浮かぶ、ご存知のとおりぼくだってやりたくてこんなことをやってるわけじゃない。けれどもきみは封をあける…

死んだ友達と生きた友達の数が同じくらいになってくる

詩人から突然電話がかかってきて、明日は空いていないかと訊かれた。いかにも空いていなかった。某ヴァイオリニストのコンサートの隣席が空いているのだが、と彼は言った。行きます、と私は即答して、無理やり予定を調整した。翌日のテストの準備を何もして…

だれかれも長じて見ゆるはまやかしでここは稚児らの夢の跡なり

山奥の宿はうつつを知らぬゆえ君はいくども蘇へるらむ清潔の概念のやうな浴槽で洗ひ清める土くれの脚白日に肌晒しては花の湯で「みだれ髪」など詠めるものかは懐石の春は自然の春なりや桜・たらの芽・筍ご飯着慣れざる羽織か酔ひの盃か名無しの我に名を与ふ…

시あるいは詩についての思い出

「これを持っていってもいいですか?」と駅構内をあるく中年の女性に世界言語でぬけぬけと話しかけて、申し訳なさそうに首を横にふられたので、こちらも申し訳なくなって少し後悔したけれど、きれいに細くまるめられたその紙切れを手に入れられたのは結果的…

光を忘れると両脚がぐんと伸びた

1. 光を忘れると両脚がぐんと伸びた。やじろべえのように夜を歩く。裸足が細い道の土を踏み、波紋のように虹色が現れて大地の色を変える。極彩色が仄々と光る。長い脛に光が照りかえる。新たな一歩がまた色を足す。頭は闇に飲まれている。筋の目立つ大きな裸…

灰色の三陸旅行で出会った愉快なひとたちについて

僕を忘れてくれるまで 足の赴くままに山道を歩いているとあっというまに日は傾いて、北国は日が暮れるのが早いな、と呑気に構えていると、いつのまにやらもう終バスの時刻が過ぎているのだった。弱ったなと思った矢先に、やたらとのろのろ走る乗用車が現れた…

読まれない文章は不完全だと主張したい

「言葉が世界を分節するならば、看板と標識の違いについて考えてみなくてはなりません」 あなたが寄越した手紙はこのように始まっていた。無地の便箋に、神経質そうな丸文字がびっしりと書き連ねてあった。 いかなる状況であなたからの手紙を読んでいるのか…

愛すべきカメレオンに捧ぐ

言語や論理の限界を理性の限界と呼ぶつもりはないが、他方で身体にみなぎる理性が何か一貫した啓示を得たとも言い難い。いずれにせよ首尾一貫した所感を文章として記しえないので、断片的な備忘録を残したい。 ヘレン・ケラーに捧げられたあの建物が14の色に…

まもなく生まれ落ちる、そして走り去ってゆく

真白の小鹿。青いつたが、からむ。息をしていない。白い体はかたく、うごかない。つたは勢いよく腕をのばし、小鹿をからみとり、うめつくしていく。白がついえて青になる。影がおち、青が藍になる。森にけむが立ち、くすぶり、湿っぽい。黒い虫が羽音をたて…

フライトを逃すわけにはいかなかった

異国の空港のターミナルを私は全力疾走していた。ところが走っても走っても前進しないのだった。今思えば、「動く歩道」を逆向きに走っていたのかもしれないし、或いは預け荷物返却所のベルトコンベヤを逆走していたのかもしれない。或いは突然地球とあらゆ…

ベレニス/Berenice

エドガー・アラン・ポーによるBerenice (on the Broadway Journal, 1845) を翻訳しました。 * * * ベレニス 我が伴侶ら語りて曰く、最愛の者の墓の訪問は、汝の苦悩を幾らか慰めん、と (*1)――Ebn Zaiat 苦悩なるもの多様にして、大地の不幸は多彩である。開…

奈義にて/常識的で、親切で、話し過ぎず、黙り過ぎない人々

奈義にて 磯崎新に生成りのような産着を着せられたその分身が生まれ落ちた二か月後に私もまた産声を上げた。分身がその中に様々な有機体を放り込んで人間の誕生の実験をしているあいだ、誕生した私は絶望的な天命に満ち満ちた世界に愚かしくも自らの有機体を…

チョルトニン/ネクサス/Died in Battle

チョルトニン 透明な日差しが凍れる空気を切り裂いて静かな湖面を光らせる。さざ波のテキスタイルを白黒の水鳥が動的に切断する。湖畔のブロンズ像は指先の肉を凍り付かせて千切り取るだろう――自分の両の手の温度など知るべくもなくポケットの中にしまい込む…

私は眼球

1. 睫毛や砂粒に傷付けられて音を上げるような意気地無しのつもりは無いが、流石に瞬間接着剤をぶちまけられたら為す術もない。同朋多しと言えども瞬間接着剤に固められた眼球なぞ私のほかに幾つあろうか。私は激痛に耐えながら、懸命に泪を分泌した。分泌し…

崖に寝る

1. 車は山道を走っていた。運転するのは見知らぬ男で、私は助手席に座っていた。旅をしているのである。男は運転席の窓を開けていて、車のスピードに合わせてそこから風が強く吹き込んできていた。助手席側の窓は閉めていたが、私の髪の毛は一貫して激しくは…

でたらめでよじれた旋律には、他ならぬ私自身の記憶が生臭く染み付いていた

1. 2015年5月19日の出来事である。バラク・オバマが初めてツイッターに投稿し、エリザベス老女王がアンネフランクの収容跡地を訪問し、橋本元知事が大阪都構想で敗れた頃らしい。しかし世界の動向も日本の動向も知る由もなかった。インターネットも電話番号…

On Reversible Destiny

長かった夏季休暇は終盤を迎えていた。霧雨は降ったり止んだりを繰り返しながら、秋めいた冷気のヴェールを列島に段々と覆いかぶせていた。ふたつの季節の狭間で、海やプールに行く気にも読書や勉強に勤しむ気にもなれなかったが、何もしないと気が塞ぐので…

うたうゆびづくり/無色の国旗

1. うたうゆびづくり どうしても、鍵盤に向かって半泣きになりながら日暮らし音楽を切り刻み再構築を続けるくらいの気迫が欲しいのである。それは能力に見合った音を卒なくうたいあげるような手すさびであってはならない。技巧を尽くして足の裏の腱が震える…